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成人発達理論を軸にした「ビジネスパーソンとしての成長」とは?

「成人発達理論」とは、発達心理学の一分野であり、人間の成人以降の成長・発達に焦点をあてた心理学の理論です。

これまで、成長に関する研究は、幼少期や青年期に焦点があてられているものが多く、「大人になると成長しない」という考え方が一般的に認識されていました。しかし、脳科学の進展もあり、現在では「人間は生涯を通して成長し続ける存在である」という見解も広まってきています。

さて、この成人発達理論を世界的に牽引している研究者が、ハーバード大学教育学大学院教授で組織心理学者のロバート・キーガン氏です。

本記事ですべてをお伝えすることは難しいですが、「大人の成長」に関してキーガン氏が提示する内容を3点ご紹介します。

【1】 成長には、「水平的成長」と「垂直的成長」の2軸がある

水平的成長とは、知識の量的拡大・スキルの質的向上のことを指します。日常業務で求められる専門性やベースのスキルセットを獲得していくことが該当しますが、私たちビジネスパーソンはこの水平的成長に意識が向いてしまいがちだと思われます。

一方、大人の成長には、上記で述べたような成長に対比して、垂直的成長というものが存在します。人間としての器が拡大し、認識の枠組みを変化させ人間性を深めていくことが重要であるという考え方です。これだけ聞くと非常に厳かな印象を受けますが、つまりは、モノゴトの認識の仕方や捉え方、解釈の仕方を柔軟に変化させ、多様な視点を受け入れられるようになっていくということです。

日常業務において、この垂直的成長は疎かにしがちではありますが、水平的成長だけでなく、垂直的成長を意識的に実現していくことが重要です。

「水平的成長」と「垂直的成長」

【2】 知性の発達段階

大人の知性は、5つの発達段階があると言われています。浅い発達段階のフェーズでは、モノゴトを自分中心にしか捉えられず、利己的です。しかし、ベクトルが常に自分に向いている状態から、段階が上がるごとに他人の価値観を理解し、自分と他人の考えを客観的に比較しながら、多様な価値観を受容することによって、更に自分の価値観そのものを深めていくことができます。

特に、マネジメントレイヤーの方が部下の育成を実現するには、この発達段階をどのように高めていくかが重要であるという考え方です。

【3】 自身を変化させるには、「阻害行動」「裏の目標」「強力な固定観念」の構図を理解する

誰もが自身の持つ弱みや課題を改善するには、苦戦を強いられます。変わろう、改善しようと思っても、なかなか変われないのが現実ではないでしょうか。

そんなときに、「自分は意思が弱いからだ」などの精神論につなげてしまっても、解決されることはなかなかありません。

そこで、本来取りたい行動を「阻害する行動」を整理し、その阻害行動を生み出す「裏の目標」と「強力な固定観念」を適切に内省し、修正することで、変わっていくことができるとロバート・キーガン氏は主張しています。

「阻害行動」「裏の目標」「強力な固定観念」の例

大人の成長を促す「批判的内省」

大人の成長を適切に実現するためには、より深い内省である「批判的内省」が必要となります。

「批判的内省」とは、単純に自身の言動を振り返るだけではなく、自分のなかで「当たり前」となっている信念や前提、固定観念を根本的に問い直し、振り返りをすることを言います。

この「批判的内省」は、他者からの支援があることで、より効果を高めることができるため、1on1ミーティングなどの施策の中に取り組み、日常業務とは切り離した対話とフィードバックを実施するのがおすすめです。

1on1ミーティングを実施する側・受ける側、両者ともに内省の機会として活用することができるので、以下の3つのポイントを踏まえて取り組んでみてください。

「批判的内省」を実践するには?

1. 内省や振り返りの習慣を身に着ける

自身の担った役割や遂行した業務に対して、定期的に振り返り、整理をする習慣を身につけましょう。

2. モノゴトの解釈や生まれた感情とその背景を言語化する

目の前のモノゴトをどう解釈しているのか、なぜそう解釈したのか。どんな感情が生まれ、なぜその感情が生まれたのか。どんな行動をとっていて、なぜその行動をとったのかなど、自身の思考特性や認知の傾向、固定観念などを言語化しましょう。

3. 「阻害行動」「裏の目標」「強力な固定観念」の構図を整理する

精神論で片付けずに、取りたい行動を阻害している行動はなにか、どんな裏の目標がその行動を生み出しているのか、どんな固定観念や不安が裏の目標を生み出しているのかを整理してみましょう。

最後に

長くなりましたが、マネージャーとして部下の成長を支援する方だけではなく、ご自身の活躍のための成長を模索したい方にとっては、とても参考になる考え方だと思いますので、ご興味を持たれた方は以下の書籍を参考にしていただければと思います。

参考書籍

『組織も人も変わることができる! なぜ部下とうまくいかないのか 「自他変革」の発達心理学』
著者:加藤洋平氏

部下との人間関係に悩むとある課長が、部下育成と組織マネジメントへの可能性を見出していくストーリー仕立てになっているため、最初に読むのにお薦めします。各発達段階での特徴や、発達段階で陥りがちな行動や思考、それをどう乗り越えていくのかという視点が理解しやすい構成になっています。

『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか ― すべての人が自己変革に取り組む「発達指向型組織」をつくる』
著者:ロバート・キーガン氏、リサ・ラスコウ・レイヒー氏

タイトルの通り、視点は組織となっており、人が育つ、人の可能性を引き出す組織文化をどう構成していくか、という内容になっていますが、文化観点だけではなく、個々人がどう自分の課題や阻害行動、強力な固定観念と向き合っていくかを紹介しています。他者の関わりの重要性や、個々人の葛藤が事例として多く掲載されていることが特徴です。

『成人発達理論による能力の成長 ダイナミックスキル理論の実践的活用法』
著者:加藤洋平氏

キーガン氏の理論では、人間の器(人間性)の成長を中心に取り扱うものですが、人間性が高いにも関わらず、仕事のスキルは低いという人も見受けられます。本書では、その矛盾を是正するものとして、スキルの成長にも焦点を当てた、HGSEカート・フィッシャー教授が提唱する「ダイナミックスキル理論」に基づく能力開発について紹介されている内容になっています。